SURGERY手術について
低侵襲心臓手術(MICS)Minimally Invasive Cardiac Surgery
従来の手術との違い
心臓手術は通常、喉元からみぞおちに至るまで20~25㎝程度切開を要する胸骨正中切開法を用いて行います。この方法では胸骨の骨癒合が得られるまで一部日常生活に制限が生じたりしますが、近年では胸骨をまったく切らずに、小さな皮膚切開で行う低侵襲心臓手術(MICS:Minimally Invasive Cardiac Surgery)が脚光を浴びるようになりました。当科でも2020年12月から右小開胸によるMICSを開始しました。
手術の方法と特徴
当院のMICSでは肋骨と肋骨の間(肋間)を6~10㎝程度切開し、内視鏡(胸腔鏡)を用いて手術を行います。通常の心臓手術と同様に人工心肺装置を用いて行いますが、大腿の付け根(鼠径部)を小切開し動脈静脈に管を挿入します。切開は皮膚のしわの方向に合わせて行うため、傷跡は目立ちにくくなります。
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MICS術の写真
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MICSカメラ映像【手術前】
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MICSカメラ映像【手術後】
MICSの利点
通常の心臓手術と同様に人工心肺装置を用いて行いますが、大腿の付け根(鼠径部)を小切開し動脈静脈に管を挿入します。切開は皮膚のしわの方向に合わせて行うため、傷跡は目立ちにくくなります。
また肋骨を切らずに心臓へ到達するため、縦隔炎といった重症感染症のリスクも非常に低く、術後の運動制限もほとんどありません。そのため、早期リハビリが可能となり、早期退院のみならず早期社会復帰が可能となります。
また、女性では創部が乳房に隠れるため、美容的にも満足度が高い手術と言えます。
なるべく創部を目立たなくしたい患者様や、スポーツや肉体労働に従事されている患者様、早期に職場へ復帰したい患者様に適した手術と言えます。
MICS外来写真
安全への配慮
ただし、通常の手術と同様に人工心肺装置を利用しますし、利点ばかりではなく欠点もありますのですべての患者様に適しているわけではありません。患者様の全身状態を十分に考慮し、安全に心臓手術が行えるように取り組んでいます。
冠動脈バイパス手術Coronary Artery Bypass Grafting
冠動脈バイパス術とは?
狭心症や心筋梗塞の患者さんに、動脈硬化で細くなった冠状動脈に血管をつなぎ、血流を増やして胸の痛みを治し、心臓の働きを良くする手術です。当科ではほとんどの患者さんに対し、心臓が動いた状態で手術を行う心拍動下冠動脈バイパス手術(OPCAB)を行っています。
対象疾患
虚血性心疾患:心筋の虚血(血流不足)が原因となる疾患の総称で、以下が含まれます。
- 狭心症
- 無症候性心筋虚血
- 心筋梗塞
- 心室瘤
症状は前胸部の痛み、違和感、息苦しさ、動悸などさまざまです。治療は薬物治療・カテーテル治療・外科手術の中から、状態に応じて選択します。
手術について詳しく見る
冠動脈バイパス術
虚血性心疾患の治療としては、薬物療法やカテーテル治療が内科的に行われています。しかし、病気が進行し重症化すると、内科的治療では対応できなくなる場合があります。そこで行われる外科的治療が「冠動脈バイパス術」です。狭くなった冠動脈の先に新たな血管をつなげることで、心筋への血流を改善します。使用される血管の種類は以下のとおりです。
血管の種類
- 内胸動脈:胸骨(胸の前面にある骨)の裏の両側にある動脈
- 橈骨動脈:前腕にある動脈
- 右胃大網動脈:胃の大弯側にある動脈
- 大伏在静脈:下肢内側の表面にある静脈
従来は、心臓を止めて人工心肺で全身を灌流しながら手術(心停止下冠動脈バイパス術)を行っていましたが、近年は人工心肺を使わない心拍動下冠動脈バイパス術(OPCAB)が増えています。
心停止下冠動脈バイパス術(人工心肺下冠動脈バイパス術)
人工心肺装置を用いて心臓を一時的に止め、体外で血液のガス交換を行いながら手術します。この方法では大掛かりな装置が必要で、体への負担が比較的大きくなります。
心拍動下冠動脈バイパス術(OPCAB)
人工心肺を使わず、心臓が動いたまま血管吻合を行う手術です。人工心肺による血液障害や炎症反応を避け、脳梗塞などの合併症リスクを軽減できる、体に優しい低侵襲手術です。手術では以下の特殊器具を使用します。
特殊器具
- スタビライザー:吻合部位の動きを抑える
- ハートポジショナー:心臓を持ち上げて裏側を展開する
これにより、ほとんどの冠動脈に対して安全に吻合が可能です。術後は冠動脈CTで吻合部の評価を行います。
心拍動下冠動脈バイパス術と人工心肺下冠動脈バイパス術の違い
| 手術名 | 心拍動下冠動脈バイパス術 | 人工心肺下冠動脈バイパス術 |
|---|---|---|
| 利点 |
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| 欠点 |
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虚血性心疾患について詳しく見る
虚血性心疾患とは?
心臓は常に大量の酸素とエネルギーを必要としています。心臓の筋肉(心筋)には冠動脈という血管が張り巡らされており、ここから必要な物質が供給されます。しかし動脈硬化などで冠動脈の血流が不足すると、心筋がエネルギー不足となり、「虚血」状態に陥ります。虚血が一過性の場合が狭心症、心筋が壊死した場合が心筋梗塞です。壊死した心筋は回復しません。動脈硬化は年齢とともに進行し、糖尿病・高血圧・高脂血症・喫煙・肥満などが要因となります。心筋梗塞では冠動脈が血栓で完全に詰まることが原因です。動脈硬化により血管内膜に異常が生じることが背景にあります。
高齢化や生活習慣の変化により虚血性心疾患は増加しており、循環器内科によるカテーテル治療が進歩しています。一方で、複雑・重症な病変や心臓弁膜症を合併する場合には、手術(冠動脈バイパス術など)が有効であり、外科治療の重要性は今後も高まると考えられます。
虚血性心疾患の症状
狭心症と心筋梗塞の違いは、以下のとおりです。
| 疾患名 | 狭心症 | 心筋梗塞 |
|---|---|---|
| 胸の痛みの特徴 | 締め付けられるような重苦しさ、圧迫感、痛み | 激しい痛みで、不安感や重症感を伴い、冷汗・嘔吐を伴うこともある |
| 発作の持続時間 | 1~5分程度(長くても30分以内) | 30分以上続き、数時間に及ぶこともある |
| ニトログリセリンの効果 | 多くの場合、すぐに効果がみられる | 効果がない |
心筋梗塞は、最悪の場合発症直後に命に関わることもあります。胸の強い痛みが30分以上続く場合は、すぐに救急受診してください。また、発症後には不整脈や心不全などさまざまな合併症を起こすことがあります。
心筋梗塞の合併症
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不整脈
心筋梗塞後2〜3日以内に不整脈が出現する確率は90%以上とされます。
最も多いのは心室性期外収縮で、心室頻拍や心室細動などの致死性の不整脈に移行する危険が高いため注意が必要です。発作性上室性頻拍や心房細動、心房粗動などの頻脈性不整脈から、洞性徐脈、房室ブロック、脚ブロックなどの徐脈性不整脈までさまざまなタイプがあります。 -
ポンプ失調
心原性ショックや心不全を伴う状態で、血圧低下・呼吸困難・乏尿などがみられます。
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心破裂
壊死した心筋が裂けることがあります。左室自由壁破裂・心室中隔穿孔・乳頭筋機能不全などがあり、自由壁破裂では突然死に至ることもあります。
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乳頭筋機能不全症候群
乳頭筋が障害されることで僧帽弁閉鎖不全が起こり、心不全に陥ります。
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心室瘤
壊死した心筋が薄くなり、外側に突出した状態。心不全や不整脈を引き起こすことがあります。
虚血性心疾患の治療
疾患の重症度や患者背景に応じて、循環器内科と心臓血管外科でカンファレンスを行い治療方針を決定します。手術療法としては「冠動脈バイパス術」や「血管新生療法」を行っています。
| 手術名 | カテーテル治療 | 冠動脈バイパス術 |
|---|---|---|
| 利点 |
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| 欠点 |
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弁膜症手術Valve Surgery
弁膜症手術とは?
大動脈弁置換術、僧帽弁置換術・形成術、三尖弁形成術、連合弁膜症手術などを行っており、重症例においても良好な成績を挙げています。
対象疾患
弁膜症:心臓の中で血液の逆流を防いでいる弁に起こる原因となる疾患の総称で、以下が含まれます。
- 閉鎖不全症、僧帽弁狭窄症
- 大動脈弁狭窄症
- 閉鎖不全症、僧帽弁逸脱症
かつてはリウマチ熱に伴う弁膜症が主でしたが、近年では加齢や動脈硬化に伴うもの、感染性心内膜炎によるものが増加しています。症状は、どの弁が障害されているか、また狭窄か逆流かによって異なります。初期には無症状のことが多いですが、進行すると心不全症状(息切れ・むくみなど)が現れます。重症例では、手術が最も確実な根治的治療となり、適切な時期に手術を行うことが重要です。
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弁膜症の治療
軽症の場合は内服治療を行いますが、これはあくまで症状の進行を抑えるもので、弁の機能を根本的に改善するものではありません。そのため、重症例では弁の働きを改善させるために手術が必要となります。
手術の時期は以下を総合的に考慮して決定します。
手術時期を判断する際の症状
- 自覚症状
- 弁の障害程度
- 心機能の状態
- 年齢・合併症・全身状態 など
手術には以下の2つの方法があります。
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1弁置換術
障害された弁を人工弁に取り替える方法
生体弁による僧帽弁置換術
リングを用いた三尖弁形成術
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2弁形成術
障害された弁を修復する方法
弁形成術は、ワーファリン(抗凝固薬)を必要としない利点がありますが、弁の障害が重度の場合には形成が困難なこともあります。
いずれの手術も心臓内部で行うため、心停止状態を得る必要があり、人工心肺装置を使用して行われます。
逆流の起きたべんの一部を切除
切除部分を縫い合わせる
周りをリングを用いて補強
人工弁について
人工弁には以下の2種類があります。
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機械弁 素材 全て人工物(パイロリックカーボン製の二葉弁が主流) 耐久年数 20〜30年と長い 適応 若年者でワーファリン服用に支障のない方 特徴 血栓(血の塊)ができやすく、脳梗塞や塞栓症の原因になる可能性あり
血栓予防のため、ワーファリン(抗凝固薬)を生涯服用する必要あり -
生体弁 素材 牛の心膜から作られた「心膜弁」や、ブタの大動脈弁を薬剤処理して作られた弁 耐久年数 10〜15年(やや短い) 適応 高齢者(おおよそ70歳以上)、またはワーファリンを服用できない方 特徴 血栓ができにくく、ワーファリン服用は術後3ヶ月のみで済む
弁膜症について詳しく見る
弁膜症とは?
心臓には、右心房・右心室・左心房・左心室の4つの部屋があり、右心室から肺動脈、左心室から大動脈が出ています。全身をめぐった血液は大静脈を通って右心房に戻り、右心室、肺動脈を経て肺へ送られます。肺で酸素を取り込んだ血液は、肺静脈を通って左心房・左心室へ流れ、大動脈を通じて再び全身へ送り出されます。
血液を一方向に流すため、各部屋の出口には「弁」があります。弁は血液を送り出すときに開き、逆流を防ぐときに閉じるという動きを繰り返しています。主な弁は以下の4つです。
主な弁
- 三尖弁(右心房と右心室の間)
- 肺動脈弁(右心室と肺動脈の間)
- 僧帽弁(左心房と左心室の間)
- 大動脈弁(左心室と大動脈の間)
これらの弁が十分に開かない状態を「狭窄症」、完全に閉じず血液が逆流する状態を「閉鎖不全症」といい、これらを総称して弁膜症と呼びます。
主な原因と種類
以前はリウマチ熱による「リウマチ性弁膜症」が多くみられましたが、現在では減少しています。近年は以下のような非リウマチ性の原因が増加しています。
原因
- 動脈硬化(特に高齢者の大動脈弁狭窄症)
- 心筋症や心筋虚血による弁の障害
- 僧帽弁逸脱症候群
- 感染性心内膜炎
代表的な弁膜症の種類は以下のとおりです。
種類
- 大動脈弁狭窄症
- 僧帽弁狭窄症
- 大動脈弁閉鎖不全症
- 僧帽弁閉鎖不全症
僧帽弁の異常が進行すると、右心系に負担がかかり、三尖弁閉鎖不全を合併することもあります。
弁膜症の症状
弁の異常が軽い場合は無症状のことも多いですが、進行すると心臓への負担が大きくなり、心不全症状があらわれます。
主な症状は以下のとおりです。
症状
- 動いたときの息切れ(労作時息切れ)
- 横になると息苦しくなる(起座呼吸)
- 動悸・不整脈
- 胸痛・失神発作(大動脈弁の異常に多い)
大動脈瘤手術Aortic Aneurysm Surgery
大動脈瘤手術とは?
胸部大動脈瘤、胸腹部大動脈瘤、腹部大動脈瘤に対して、人工血管置換術を行っています。また、カテーテルを用いて血管内に人工血管(ステントグラフト)を挿入し、動脈瘤を内側から修復する血管内治療も実施しています。胸部や腹部を大きく切開する必要がないため、痛みが少なく、術後の回復が早いのが特徴です。
対象疾患
代表的な疾患は以下のとおりです。
- 大動脈瘤(胸部・胸腹部・腹部など部位により分類)
- 大動脈解離
大動脈瘤は多くの場合無症状で、健診や検査で偶然見つかることが多い疾患です。一方で、大動脈解離は突然の激しい胸や背中の痛みを伴い、意識障害やショック状態に至ることもあります。動脈瘤の破裂も同様に緊急性が高く、迅速な治療が必要です。
手術について詳しく見る
治療の基本方針
動脈瘤の基本的な治療は、こぶのように膨らんだ血管部分を人工血管に置き換えることです。人工血管を動脈瘤の上下の血管に縫い合わせて血流を確保し、動脈瘤を取り除きます。現在使われている人工血管は、耐久性が高く、体になじみやすい素材で作られています。治療法は大きく分けて次の2つです。
治療法
- 人工血管置換術(開胸・開腹による手術)
- ステントグラフト内挿術(血管の内側から治す手術)
それぞれの方法について、以下で説明します。
人工血管置換術
人工血管置換術は、動脈瘤部分を切除し、人工血管で置き換える方法です。手術の方法は、動脈瘤の位置によって異なります。
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腹部大動脈瘤
お腹を切開して動脈瘤に到達し、血液が固まりにくくなる薬(ヘパリン)を使用したうえで、動脈瘤の上下で血管を遮断し人工血管と縫い合わせます。遮断中は下流に血液が流れませんが、腎動脈より下の腹部大動脈では短時間の遮断であれば問題ありません。
一方、腎動脈より上の大動脈を遮断する場合は臓器への影響が大きいため、必要に応じて人工心肺装置を使用することもあります。 -
胸部大動脈瘤
胸部の大動脈瘤では、人工心肺装置がほぼ必須です。部位によって手技が異なり、以下のような方法が選択されます。
部位別の手術方法
- 上行大動脈:心臓を止めて人工血管に置換
- 弓部大動脈:体温を下げて上半身のみ血流を維持しながら手術
- 下行大動脈:心臓を動かしたまま下半身の血流を維持して手術
ステントグラフト内挿術
人工血管置換術は確立された治療法ですが、体への負担が大きくなる場合があります。そのような場合には、体への負担を抑えたステントグラフト内挿術が選択されることもあります。ステントグラフト内挿術は、動脈瘤を血管の内側から修復する低侵襲治療法で、カテーテルを通して人工血管(ステントグラフト)を動脈瘤内に挿入・固定します。人工血管の内側を血液が流れることで、動脈瘤は血流から遮断され、やがて血栓で固まります。
この治療は腹部大動脈瘤や胸部下行大動脈瘤で良好な成績を収めています。一方で、重要な動脈の分枝に近い場合は技術的難易度が高く、長期成績は今後の課題とされています。また、一部の症例ではコイル塞栓術など、瘤内に金属コイルを詰めて血流を遮断する方法も用いられます。
熊本大学での治療方針
熊本大学心臓血管外科では、患者さんの全身状態に応じた最適な治療法を検討しています。標準的な人工血管置換術を基本としながらも、手術リスクが高い場合は放射線科と連携して血管内治療(ステントグラフト内挿術)を実施しています。また、従来の人工血管置換術と血管内治療を組み合わせたハイブリッド手術も行っており、
特に弓部大動脈から下行大動脈にかけての動脈瘤に対して高い効果を挙げています。
動脈瘤について詳しく見る
動脈瘤とは?
動脈は、酸素を多く含んだ血液を全身に送る重要な血管です。動脈瘤とは、その動脈が風船のように膨らんでしまう状態を指します。大きな動脈から小さな枝の血管まで発生する可能性があります。一度膨らんだ動脈は薬で縮むことはなく、血圧を適切にコントロールしないとさらに拡大していきます。動脈瘤は生じる部位・形・血管壁の状態・原因によって以下のように分類されます。
動脈瘤の分類
- 生じる場所による分類
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- 胸部大動脈瘤:胸の大動脈にできる
- 腹部大動脈瘤:腹部の大動脈にできる
- 内臓動脈瘤:肝臓・脾臓・腎臓などに向かう動脈にできる
- 末梢動脈瘤:手足の動脈にできる
- 脳動脈瘤:頭の中の動脈にできる
- 冠動脈瘤:心臓を養う動脈にできる
- 形による分類
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- 紡錘状動脈瘤:中央部が全体的にふくらんでいる
- 嚢状動脈瘤:一部が袋状に突出している
- 血管壁の状態による分類
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- 真性動脈瘤:血管壁を保ったまま拡大
- 解離性動脈瘤:血管壁が裂けて層が分かれ拡大
- 仮性動脈瘤:出血後の血栓が壁状に固まり拡大(手術・検査後に起こることも)
- 原因による分類
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- 動脈硬化性:最も多い。血管壁の動脈硬化による拡大
- 炎症性:自己免疫疾患などによる血管壁の炎症
- 感染性:細菌感染により血管壁が破壊され拡大
動脈瘤で起こるおもな合併症
動脈瘤で最も重大なのは破裂です。膨らんだ風船が破裂するように、血管の壁が裂けて血液が外に出てしまいます。胸部や腹部の大動脈瘤では、大量出血により意識を失い、心停止や呼吸停止に至ることがあります。ゆっくりと漏れ出る場合には、胸や背中、腹、腰の痛み、気分不快などの症状が現れることもあります。
次に注意すべきは、大動脈解離や血栓塞栓症です。解離は血管壁の内部に血液が流れ込んでしまう状態で、大動脈弁閉鎖不全、心筋梗塞、脳梗塞、下半身麻痺などを引き起こすことがあります。また、拡張した動脈の内側にできた血栓の一部が剥がれて血管を詰まらせると、臓器や組織への血流が途絶え、重篤な障害を引き起こすこともあります。
破裂しやすい動脈瘤
動脈瘤は、その形や大きさによって破裂のしやすさが異なります。
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嚢状動脈瘤
袋状に一部がふくらむタイプで、小さくても破裂しやすいことが知られています。そのため、発見された時点で早期治療の検討が必要です。
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紡錘状動脈瘤
血管全体がふくらむタイプで、大きさに応じて治療方針を判断します。一般的な治療の目安は以下のとおりです。
ただし、解離や血栓塞栓症を伴う場合は大きさに関係なく治療を勧めるケースもあります。治療の目安
- 胸部:最大径6cm以上
- 腹部:最大径5cm以上
- その他:正常径の2倍以上
末梢血管手術Peripheral Vascular Surgery
末梢血管手術とは?
動脈や静脈など、手足の血管に生じる疾患に対して外科的治療を行っています。動脈閉塞症に対するバイパス手術や、静脈疾患(下肢静脈瘤など)への治療を中心に実施しています。
対象疾患
代表的な対象疾患は以下のとおりです。
- 閉塞性動脈硬化症
- 下肢静脈瘤
- 急性動脈閉塞
これらの疾患では、血流障害により手足の冷感や痛み、むくみなどが現れます。また、「エコノミークラス症候群」として知られる深部静脈血栓症は、現在では外科的治療よりも内科的治療が主流となっています。
治療について詳しく見る
閉塞性動脈硬化症の治療
禁煙、食生活の改善、適度な運動など動脈硬化の危険因子の除去は基本となります。
- 薬物療法
- 抗血小板薬を中心に、間欠性跛行(かこう)や軽度の虚血性潰瘍に対しては、血管拡張薬や赤血球変形能賦活剤を併用します。重症例では入院のうえ、注射薬による治療を行います。
- 非観血的血行再建術
- 血管拡張術(PTA:経皮的血管形成術)では、カテーテル先端の風船を膨らませて血管を広げたり、金属のステントを留置して血流を確保します。開腹を伴わない低侵襲な治療法です。
- 手術(血行再建術)
- A)血栓内膜除去術・動脈形成術
閉塞部を切開し、動脈硬化病変を除去して血流を改善します。場合により自家静脈を用いて狭窄部を形成します。
B)バイパス手術
人工血管や自家静脈を使い、閉塞部を迂回する新しい血流路を作る方法です。もっとも多く行われる、非常に有効な治療です。
下肢静脈瘤の治療
- 保存療法(圧迫療法・下肢挙上)
- 医療用弾性ストッキングなどで下肢に圧をかけ、血液のうっ滞を防ぎます。進行防止や症状の軽減が目的で、根本治療ではありませんが非常に重要な療法です。
- 非観血的血行再建術
- 静脈内に硬化剤を注入して内壁を癒着・閉塞させる方法です。軽度の静脈瘤では有効ですが、再発や皮膚変色、疼痛が起こることもあります。
- 手術(血行再建術)
- 閉塞部を切開し、動脈硬化病変を除去して血流を改善します。場合により自家静脈を用いて狭窄部を形成します。
- レーザー治療(ELVeSレーザー)
- 伏在静脈内に光ファイバーを挿入し、レーザーの熱で静脈を閉塞させる治療です。体への負担が少なく、傷跡も小さいのが特徴で、保険適用の治療法です。当院は厚生労働省認可のELVeSレーザー実施認定施設です。
末梢血管疾患について詳しく見る
閉塞性動脈硬化症
閉塞性動脈硬化症とは?
足の血管の動脈硬化が進み、血管が細くなったり詰まったりして血液の流れが悪くなる病気です。歩行時に足の痛み・冷たさを感じるようになり、進行すると安静時でも痛みが出るようになります。動脈硬化の原因は明確ではありませんが、高脂血症・高血圧・喫煙・糖尿病などが関与しています。
閉塞性動脈硬化症の症状(Fontaine分類)
閉塞性動脈硬化症の症状には次のようなものがあります。
- しびれ・冷感(I度)
- 軽度の血行障害により、しびれ・冷感を感じることがあります。症状は一時的で無症状のことも多く、皮膚の脱毛や皮下脂肪の萎縮がみられることもあります。
- 間欠性跛行(II度)
- 一定の距離を歩くと、特定の筋肉に痛みやこわばりが生じ、歩けなくなりますが、しばらく休むと再び歩けるようになります。歩行時の足への血液供給が減少するために生じる症状です。
- 安静時疼痛(III度)
- 安静時にも血液供給が不足し、痛みが生じます。潰瘍、壊死が起こりやすく、治療の対象となります。
- 潰瘍形成(IV度)
- 足先の怪我が治りにくく、皮膚の壊死や潰瘍が生じます。感染を合併し、悪化すると切断が必要になる場合もあります。すぐに適切な治療が必要です。
合併症
動脈硬化は全身疾患であり、すべての動脈に起こる可能性があります。閉塞部位によっては、脳血管障害、虚血性心疾患などの重篤な合併症を引き起こす危険性があります。
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虚血性心疾患
心臓の冠動脈に動脈硬化が起こり、血流が悪化。狭心症や心筋梗塞を起こします。胸痛・胸部圧迫感が主な症状です。
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脳血管障害
脳の動脈に動脈硬化が起こり、脳虚血や脳梗塞を発症。言語障害、手足の麻痺、視覚障害などが生じます。
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動脈瘤・動脈解離
動脈硬化が進行すると、動脈壁が膨らんだり裂けたりすることがあります。
主な検査方法
- 四肢動脈拍動の触知
- 足・腕の動脈の拍動を手で確認します。
- 上下肢血圧測定(ABI)
- 上腕と足関節の血圧を測定し、その比(ABI)を求めます。正常値は1.0以上で、0.9以下の場合は閉塞性動脈硬化症が疑われます。ABIが0.7〜0.6では間欠性跛行が出現し、0.4以下では安静時疼痛、潰瘍が出現してきます。
- CT・MRI(MRA)検査
- 血管の形態を評価する検査です。かつては血管造影で評価していましたが、最近は解像度が増し、診断の精度が高まっています。血管の狭窄・閉塞を診断し、治療法の選択に有用です。
- 超音波ドップラー検査
- 超音波を使って血流の速さや方向を測定します。
- 動脈造影検査
- 造影剤を血管内に注入し、X線で血流の流れを直接確認する検査です。
下肢静脈瘤
下肢静脈瘤とは?
足の静脈が瘤のように膨らみ、足がむくむ、疲れやすい、皮膚が変色した、かゆいなどの症状を認めます。下肢の血液は、足の運動によって心臓に戻っていきます。また静脈には、血液の逆流を防ぐための弁がついており、血液が下に逆流しないようにしています。しかしこの弁が壊れたり、太い静脈との交通障害などで血液が逆流し、足の下の方に血液が溜まり、静脈がこぶのように膨らみます。
症状
- 足の血管が浮き出ている
- 足がむくむ、痛む、だるい、重い、疲れやすい
- 足に熱感がある、足がつる(こむらがえり)
- 足がかゆい、治りにくい湿疹がある、皮膚が黒ずんで見える
- 足に潰瘍ができている(皮膚が破れて出血がある)
ステントグラフト内挿術Endovascular Stent Graft Placement
ステントグラフト内挿術とは?
ステントグラフトは、人工血管にバネ状の金属(ステント)を組み合わせた医療機器です。これをカテーテルの中に圧縮して血管内に挿入し、広げて固定します。手術による大きな切開を必要としないため、身体への負担が少なく、回復も早いのが特徴です。
対象疾患
代表的な対象疾患は以下のとおりです。
- 大動脈瘤(胸部・腹部など)
手術について詳しく見る
ステントグラフトとは?
ステントグラフトは、人工血管にステントといわれるバネ状の金属を取り付けたもので、これを圧縮して細いカテーテルの中に収納して使用します。
患者さんの脚の付け根を4~5cmほど切開し、カテーテルを動脈内に挿入します。レントゲン透視下で動脈瘤のある位置まで運び、収納していたステントグラフトを放出します。この方法では、胸部や腹部を大きく切開する必要がありません。
放出されたステントグラフトは、金属バネの力と患者さん自身の血圧によって広がり、血管の内側にしっかりと張り付いて固定されます。大動脈瘤そのものは残りますが、瘤の内側はステントグラフトで覆われて血流が遮断され、次第に小さくなる傾向があります。たとえ瘤が縮小しなくても、拡大を防ぐことで破裂の危険性を大きく減らすことができます。
このように、ステントグラフトによる治療では切開部が小さく、身体への負担が少ないのが特徴です。
当院におけるステントグラフト内挿術症例数の推移
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2002年
当院で一部の患者さまに対してステントグラフト留置術を開始
保険適用製品がなく、自作ステントグラフトを使用 -
2007年4月
厚生労働省により腹部大動脈用ステントグラフトが医療機器として認可・保険適用開始
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2008年7月
胸部大動脈用ステントグラフトも認可され、保険診療が可能に
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現在
当院は認定施設として治療を実施。今後さらに普及・発展が期待されています。
ステントグラフト内挿術と人工血管置換術の違い
| 手術名 | ステントグラフト内挿術 | 人工血管置換術 |
|---|---|---|
| 利点 |
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| 欠点 |
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腹部大動脈瘤のステントグラフト治療
残念ながら、全ての大動脈瘤に対してステントグラフト治療は出来ません。動脈瘤が重要な分枝血管にかかっていないなど、ある一定の基準を満たした場合にのみ可能です。そこで、患者さんの大動脈瘤の部位を細かく計測して、ステントグラフト治療が可能かどうかチェックを行います。
胸部大動脈瘤へのステントグラフト治療
胸部大動脈は屈曲が強く、頸動脈など重要な分岐血管が近接しているため、ステントグラフトの設計が難しい部位です。特に脳へ行く血管に近い弓部大動脈瘤は、通常の直管型(ストレート)のステントグラフト単独では治療困難なことがほとんどです。このような場合、弓部分枝を人工血管でバイパスした後にステントグラフトを留置することで治療できます。
また近年、頸動脈などの重要な分枝の開口部を確保した「胸部開窓型ステントグラフト」が開発され、バイパスなどの追加手技を行わずに胸部大動脈に留置できる症例も増えてきました。ただし、すべての症例で適応となるわけではなく、動脈瘤の形状や分枝の位置などを詳細に検討する必要があります。
今後の展望
今後、大動脈瘤に対するステントグラフト治療はますます増加していくといわれています。患者さんの身体に優しい低侵襲治療であり、これまでは手術不可能と言われていた患者さんにも治療の可能性が出てきました。しかし、ステントグラフト治療不可能な大動脈瘤もあり、患者さんお一人ずつ詳細に検討する事が必要です。また、ステントグラフトの長期遠隔成績は不明であり、今後も注意深い経過観察が必要です。我々は今後も慎重に適応を検討し、一人でも多くの患者さんを治療したいと考えております。
TAVI(経カテーテル的大動脈弁留置術)Transcatheter Aortic Valve Implantation
TAVI(経カテーテル的大動脈弁留置術)とは?
経カテーテル的大動脈弁留置術のことで、重症の大動脈弁狭窄症に対する新しい治療法です。従来の手術とは異なり、開胸することなく、また心臓を止めることもなく、カテーテルを使って人工弁を患者さんの心臓に留置します。
対象疾患
代表的な対象疾患は以下のとおりです。
- 重症大動脈弁狭窄症
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TAVI(タヴィ)とは?
TAVI(経カテーテル的大動脈弁留置術)は、重症の大動脈弁狭窄症に対する新しい治療法です。従来の手術とは異なり、開胸することなく、また心臓を止めることもなく、カテーテルを使って人工弁を患者さんの心臓に留置します。
サピエンXT(エドワーズ社提供)
デリバリーシステム(エドワーズ社提供)
TAVIのアプローチ
TAVIには、以下の2つのアプローチ方法があります。
- TFアプローチ(経大腿アプローチ)
- 太ももの付け根の血管から挿入する方法
- TAアプローチ(経心尖アプローチ)
- 肋間を小さく切開し、心臓の先端(心尖部)から挿入する方法
患者さんの状態に最も適した方法を、ハートチームが決定します。
TAVIの適応
重症の大動脈弁狭窄症(AS)で、従来の外科手術が不適当な患者さんに対して、TAVIが一つの選択肢となります。適応対象となる方は以下のとおりです。※現時点では、慢性透析患者さんは適応の対象外となっています。
適応対象となる方
- ご高齢の方(概ね80歳以上が目安)
- 冠動脈バイパス術の既往がある方
- 大動脈の高度な石灰化のある方
- 頸動脈狭窄や慢性閉塞性肺疾患(COPD)、肝硬変などの合併症のある方
- 胸部に対する外科手術や放射線治療の既往のある方
TAVIの適応決定
TAVIを行うにあたって、当院では多職種による「ハートチーム」を結成し、循環器内科医、心臓血管外科医、麻酔科医、心エコー医、放射線科医、看護師、放射線科技師、体外循環技師などが一例ごとに丁寧に検討し、適応を決定しています。
ハイブリッド手術室
TAVIは、「血管造影室と同レベルのX線透視装置を備えた手術室(ハイブリッド手術室)」で行うことが定められています。当院では、2014年1月より国内最大級の広さと最高レベルの清潔度を持つハイブリッド手術室を運用開始しています。ここでは、TAVIだけでなく、ステントグラフト内挿術やペースメーカー移植術なども行われています。
TAVIについての関連サイト
www.TAVI-web.comその他の手術Others
成人先天性心疾患、心臓腫瘍などのほか、不整脈、心不全なども手術の対象となります。